【レポート】後編・白老のフィールドレコーディング
8〜9月にかけて白老で滞在制作を行った森永泰弘さんの長編レポート、後編です!
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展示:田辺本店と録音物の記憶
記録した音は、成果報告会という形で、白老駅近くの今は閉店している文房具屋の田辺本店で行うことになった。
店内には当時販売されていた文房具や数十年前の広告ポスターが放置されていた。当初は商品を片付けてまっさらな状態で展示を行う予定だったが、閉店した田辺本店の記憶が如実に表れている空間を活かした展示を行いたかったため、あえて手を加えるようなことはしなかった。
僕は店内の商品ケースにスピーカーを仕込んで、音源となるスピーカーを見ることなしに音を聴いてもらうような展示をすることに決めた。
※田辺本店の店内風景
この数年、僕は写真家の石川直樹さんと、写真と音の組み合わせで展示する機会が何回かあった。写真という時間が止まるメディアに音を合わせていくことで、写真の中で音が鳴っているかのような、新しい世界観を創出する展示作品をいくつか制作した。
しかしその一方で、写真の持つ視覚空間を逸脱するような音の力を見出すことは、なかなか難しいと感じたのも事実であった。
そのため、今回は視覚情報とは完全に相反する時間の中でレコーディングした音を再生し、今はなき田辺本店の記憶と僕がこれまでレコーディングした音の記憶を合体させて、聴覚に入ってくる「水」の音がこの展示空間の時間を浄化していくようなことを試したかった。
これまで映画や写真など視覚メディアに対する音の仕事をしてきて、フレームに映された世界に音が一度入り込めば、見ている人は映された視覚空間とその音を関連づけてしまうことを感じていた。今回のプロジェクトでレコーディングした音は、視覚空間に根ざしたものが比較的多かった。その文脈から意味を探り出してレコーディングしていくことで、想像もしていなかった新たな音との出会いがあると思ったが、今回の録音体験ではそれはなかった。
いずれにせよ、僕にとって、まずは何よりも記録していくことが始まりだと思っている。記録したものを聴いていくことで、作品制作につながる何かを、音の側から投げかけてくれるのではないかと考えている。
今回のプロジェクトに参加し、展示ができたことは、僕にとって新しいことを始めるきっかけとなった。今回は作品発表とまではいかなかったけれども、次なるステップに向けての兆しは十分に獲得することができたと思っている。白老との関わりはこれからだ。
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